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S-netと相模湾海底観測施設の地震計で観測されたN字型コーダ波Y/Xスペクトル比 ―筐体の固有振動に基づく解釈―

【キーポイント】

澤崎郁1・中村武史2

[1] 防災科学技術研究所 [2]電力中央研究所

doi:10.1186/s40623-020-01255-6
Date: 2020-9-10

S-net地震計記録においてX成分とY成分がどれだけ異なるかを示した図。暖色系の色ほどX成分とY成分の違いが大きい。また、大きな丸は小さな丸に比べて、X成分とY成分の違いがより有意に観測される。(右上)N.S6N14観測点(左図の黄色の円)で観測された地震波形の例。X、Y、U成分の波形は、それぞれケーブル軸方向、ケーブル軸直交方向、上下方向の揺れを表す。(右下)N.S6N14観測点で観測されたコーダ波(右上図の赤枠で示すように、P波、S波の後に続いて観測される波形)の3成分間スペクトル比の対数平均。赤、橙、青色がそれぞれY/X、X/U、Y/U成分間スペクトル比を表す。赤の点線はY/Xスペクトル比の対数標準偏差を表す。

要旨

 防災科研の海底地震観測網S-net(※1)と相模湾地震観測施設(※2)の地震波形記録においては、ケーブル軸に沿うX方向と直交するY方向とで、振動の増幅の仕方が異なる場合があることが分かりました。具体的には、X方向では10-23Hz、Y方向では5-13Hz付近が強く増幅され、Y方向とX方向の振動のスペクトル比をとると、約3Hz以上の周波数帯域において「N」字型の形状を示します(図参照)。このN字型のスペクトル比は、観測装置を入れた筐体が光ファイバーケーブルと一体となっている「インライン式」の海底観測網のみで見られ、DONET(※3)に代表されるような、光ファイバーケーブルの先端に筐体を接続した「ノード式」の観測網では見られません。また、インライン式の観測網でも、筐体が海底堆積物中に埋設された観測点ではN字型スペクトル比は見られません。       
 このN字型のスペクトル比がなぜ生じるかについて、以下のような考察を行いました。インライン式の観測網では、円筒形の筐体が海底に横たわるように置かれています。一方で、ノード式のDONETでも筐体は円筒形ですが、こちらは縦に置かれています。そのため、水平方向の振動に対する筐体の固有振動が、横に置いた場合は円筒軸方向と軸直交方向とで異なるのに対し、縦に置いた場合は同じになると考えられます。これがインライン式観測網のみでX方向とY方向とで異なる増幅パターンを示す理由と考えられます。インライン式観測網であっても、筐体が海底にしっかり固定されていれば、筐体は地面と同じ動きを示すため固有振動は生じず、X方向とY方向とで異なる増幅を示すことはありません。実際、陸上観測では地震計が地面に固定されているので、水平動成分間で増幅パターンが大きく異なることはあまりありません。地震計を海底に確実に固定することは困難ですが、筐体を海底堆積物中に埋設した観測点では、海底との固着がある程度保たれ、N字型スペクトル比が見られなくなったと考えられます。       
 水平成分間で増幅パターンが異なる場合、地震波の振動方向を用いて震央の方位を推定したり、地下の異方性を調べたりする解析が困難となります。特に3Hz以上の高周波帯域を扱う際には注意が必要です。今回の発見のように、海底の地震計記録は陸上の記録と大きく異なる場合があります。それらを把握したうえで、海底での地震波解析手法を工夫していくことが重要です。       
     

掲載情報

本成果は,2020年9月10日にSpringerOpen発行の学術誌「Earth, Planets and Space」にオンライン掲載されました.

論文:Sawazaki, K. and Nakamura, T. (2020) “N”-shaped Y/X coda spectral ratio observed for in-line-type OBS networks; S-net and ETMC: interpretation based on natural vibration of pressure vessel, Earth, Planets and Space, 72:130, DOI:10.1186/s40623-020-01255-6.       
     

備考

本研究はJSPS科研費19H01982の助成を受けたものです。解析には、防災科研S-net、DONET、相模湾海底ケーブルの他、気象庁と文部科学省が協力して処理をした気象庁一元化震源カタログを用いました。       
     

用語の説明

※1 日本海溝海底地震津波観測網S-net       
日本海溝から千島海溝海域において、地震・津波の早期検知や海域の地震・地殻活動の解明を目的として設置された海底観測網。地震計や水圧計から構成される観測装置を150点設置しています。
https://www.seafloor.bosai.go.jp/S-net/
https://doi.org/10.17598/NIED.0007

※2 相模湾地震観測施設       
相模トラフ海域における地震・津波の早期検知を目的とする海底地震観測施設。6台の地震計と3台の水圧計から構成されています。
https://www.seafloor.bosai.go.jp/Sagami/

※3 地震・津波観測監視システムDONET       
近い将来巨大地震の発生が懸念されている南海トラフ海域に設置された海底観測網。通常の地震からゆっくりした変動まであらゆる種類の信号を捉える多種類のセンサーによる観測が行われています。現在、DONET1とDONET2合わせて51点設置されています。
https://www.seafloor.bosai.go.jp/DONET/
https://doi.org/10.17598/NIED.0008