久保田達矢1・久保久彦1・三好崇之1・鈴木亘1・青井真1・功刀卓1・武田哲也1
	  [1] 防災科学技術研究所
	
        
	  doi:10.4294/zisin.2024-10S
	  
Date: 2025-08-08
	
        
	   
	  
背景
 西南日本の南海トラフ沈み込み帯では,過去に巨大地震がくりかえし発生し,大きな被害をもたらしてきた.近い将来においても同様の巨大地震が発生することが危惧されている.こういった背景のもと,南海トラフ海域ではDONETが展開されてきた.さらに,2019 年より南海トラフ海底地震津波観測網 N-netの構築を実施してきた.N-netは沖合システムと沿岸システムの二つのシステムからなる観測網であり,複数の地震計や水圧計などが搭載される.二つのシステムのうち沖合システムの整備が2024年7月に完了した.
 2024年8月8日,宮崎県沖の日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生した.この地震はN-netが展開されている海域の西端に位置し,その津波がN-net沖合システムとDONETの水圧計により観測された.この津波は,N-net沖合システムの整備完了後に発生した地震であり,N-net沖合システムが顕著な近地津波を記録した初めての事例である.本論文では,N-net沖合システムおよびDONETが記録した2024年日向灘の地震の津波記録を活用して津波波源分布の推定を試み,これらの津波記録の有用性について議論した.
津波波源分布の推定
 本研究では,N-netおよびDONETの津波記録を解析し,2024年日向灘の地震による海底の上下変動(津波波源)の分布を推定した.その結果,約20 cmの最大隆起量をもつひとつの大きな隆起域が得られた (図a).隆起域の長軸方向(南北方向)の広がりは約 40 km,短軸方向の広がりは約20 kmであった.N-netの近地記録の有用性を調査するため,DONETの観測波形のみを用いて津波の波源分布の推定を試みたところ,全体的な波源域の広がりはN-netを併用した場合に比べて空間的に滑らかにしたような分布となり,最大隆起量は9 cm 程度と半分以下となった (図b).これは,DONET観測点が震源域から遠く離れており,また観測点の包囲性が低かったために,津波波源を精度良く推定できなかったと解釈される.この解析結果は,震源域周辺に展開されたN-netの水圧記録が,2024年日向灘の地震の津波の波源の推定の信頼度の向上に貢献したことを意味する.
N-net沖合津波観測の有効性とその限界
 一般に,陸上の観測記録からでは,陸から離れた沖合で発生する地震の断層の空間広がりを精度良く推定することは難しい.一方で,沖合の津波のデータは,沖合で発生する地震の断層の広がりを精度良く推定するのに有効である.ここでは,2024年日向灘の地震の断層モデルの推定を試み,津波データが断層の広がりの推定精度の向上に貢献するか評価した.
 解析では,津波波源分布および陸上測地データを説明する1枚の矩形断層を,マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC法)にもとづいて推定した.陸上測地と沖合津波波源の両者を併用した場合,陸上測地データのみを用いた場合,沖合津波波源のみを用いた場合の3種類のデータセットについて解析を行い,推定される断層の位置や広がりの違いを評価した.また,MCMC法のアンサンブルにおける断層の水平位置の空間頻度分布から,解の不確実性を評価した.
 両者のデータを用いて推定された断層の広がりは,長さ45 km,幅23 kmとなり,先行研究で推定された値と調和的であった (図c).また,推定された断層は周辺のプレート境界の形状ともよく対応した.陸上データのみから推定された結果では,その断層面は実際の沈み込むプレート境界と整合せず,断層上端の広がりの推定の不確実性が大きかった (図d).さらに,津波波源のみ用いて推定された断層は,プレート形状から期待されるものに近いものが得られたが,非常に細長い断層面が推定された (図e).この地震は比較的陸に近い場所で発生したため,上下変動域の一部が陸と重なっている.陸に重なっている領域の上下変位は津波を生成しないため,津波波源には陸域の変位の情報が含まれない.したがって,津波データは断層の沖側の広がりを拘束するのに有用である反面,陸側の広がりを拘束するのは困難であったことが,このような細長い断層面が推定された原因と解釈される.
 以上の解析の結果は,2024年日向灘の地震において,断層の空間広がりを高い信頼度で求めるためには,津波記録のみでは不十分であり,陸上データとのジョイント解析が重要であることを意味している.
防災対策の向上への貢献
 南海トラフ沿いで異常な現象が観測された場合や地震発生の可能性が相対的に高まっていると評価された場合,気象庁により「南海トラフ地震臨時情報」が発表される.2024年日向灘の地震においても,地震発生から約2時間30分後に「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発表された.本研究における津波波源 (図a) と断層モデル (図c) の推定の解析は事後的に実施されたものであるが,すべての解析に要した時間は1時間半程度であり,仮にこれらの一連の解析がリアルタイムに実施されていれば地震発生から臨時情報の発表までの時間内に解析が完了すると見積もられる.これは,N-netやDONETの津波データあるいはその解析によって得られた津波波源や矩形断層の情報が,「南海トラフ地震臨時情報」のための評価に利用できる可能性があることを意味する.これら沖合津波データが,防災対策の向上に資すると期待される.
掲載情報
本成果は,2025年8月8日に日本地震学会発行の学術誌「地震 第2輯」に掲載されました (
https://www.jstage.jst.go.jp/article/zisin/78/0/78_2024-10S/_article/-char/ja).
論文:久保田達矢・久保久彦・三好崇之・鈴木亘・青井真・功刀卓・武田哲也 (2025). 2024 年日向灘の地震に伴う津波の波源分布 −N-net と DONET の水圧計記録の解析から−. 
地震2, 
78, 73–86. 
https://doi.org/10.4294/zisin.2024-10S
図の説明
(左)本研究により推定された,2024年8月8日の日向灘の地震の津波波源の分布.下の地図の三角形は,N-net (赤色) とDONET (水色) の津波観測点の位置を表す.(a) N-netとDONETの両方を使用した解析による結果.(b) DONETデータのみを用いた結果.色が濃いほど,変位量が大きい.変位量のコンター線の間隔は10 cm.星印はこの地震の震央の位置を表す.
(右)本研究による,日向灘の地震の震源断層の解析の結果.(c) 沖合津波波源と陸上測地データの統合解析の結果.(d) 陸上測地データのみ用いた解析による結果,(e) 沖合津波波源のみ用いた解析による結果.断層の位置を黒い四角形で表す.マルコフ連鎖モンテカルロ法の解析により得られたアンサンブルにおける矩形断層の水平位置の空間頻度分布を色で,またそのうちの40例を灰色線で示した.