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2022年トンガ噴火に伴う地球規模の津波発生と伝播メカニズム

【キーポイント】

久保田達矢1・齊藤竜彦1・西田究2

[1] 防災科学技術研究所 [2] 東京大学地震研究所

doi:10.1126/science.abo4364
Date: 2022-5-12

本研究の数値シミュレーションにより明らかとなった,トンガ火山噴火に伴う津波の発生と伝播の様子.噴火後,火山を中心に大気ラム波が300 m/s の速度で同心円状に広がるのに合わせて,海面の隆起の波 (赤色) が周囲へと伝播する.その後,少し遅れて,津波の速度 (約200〜220 m/s) で沈降の波 (青色) が周囲に伝播する.これらに加えて,海底地形の凹凸に起因して微小な波が生じている.

背景

 2022年1月15日,南太平洋トンガ諸島のフンガ・トンガーフンガ・ハアパイ火山で大規模な噴火が発生した.この噴火に伴い,世界に展開された大気圧観測網が顕著な気圧の増加を観測した.これは,火山から約300m/sの速度で地球規模に伝播するもので、「ラム波」と呼ばれる大気の波の一種である.さらに,世界の海底に展開された水圧観測網が,地球規模で伝播する津波を明瞭に観測した.

 今回の噴火による津波の特徴的な点は,その第一波が,火山を波源として予想される津波到達時刻よりも数時間ほど早く到達した点である.この津波の第一波は,海底火山からラム波と同程度の速度 (約300 m/s) で伝播しており,太平洋における平均的な津波の伝播速度 (200~220 m/s) よりも有意に速い.過去の地震による津波では,この津波はこの平均的な速度で伝播しており,今回のように予想よりも速く波が到達するといったことはなかった.本研究では,フンガ・トンガ−フンガ・ハアパイ火山の噴火に伴って地球規模で生じ,世界中の海底水圧観測網で記録された津波の生じたメカニズムを調査した.

火山噴火に伴う津波の発生・伝播シミュレーション

 ラム波が火山から同心円状に伝播すると,それによって海面での大気圧が変化する.この海面での大気圧の変化,および気圧変化の移動が,津波を生じさせる原動力である.本研究の解析では,300m/sの速度で伝播する大気ラム波による海面での気圧変化を原因として生じる津波の発生・伝播の過程を,数値シミュレーションをもとに調査した.

 数値シミュレーションにより得られた津波の波高変化の様子を図に示す.スナップショットからは,ラム波の伝播に対応して,300 m/sで伝わる海面隆起の波が確認された (図中,赤色).これが地球規模で観測された「予想よりも速く到達した津波」の原因である.隆起の第一波に続き,太平洋での平均的な津波の伝播速度 200~220m/s で伝わる海面沈降の波も確認された (図中,赤色).この沈降の波は,ラム波に由来する隆起の第一波が周囲に伝播し始める際,火山周辺での海水を外に向かって押し出す (海水の体積保存).これによって生じた火山周辺での海面の沈降が重力により伝播したものと解釈できる.また,これらの明瞭な2種類の波のほかにも,津波の散乱や海面の微小な変動が生じている様子も確認された.これらは,海底地形の形状 (凹凸) に由来して生じた副次的な津波であると解釈される.

今後の展望

 ここで示した数値シミュレーションの第一波部分 (図中,赤色の波の部分) は,実際に観測された海底水圧観測記録をよく再現した.その一方で,後続部分 (第一波の到達から数時間以上遅れた部分,図中の青色の波の部分) の観測記録の再現性はさほど高くなかった.これは,この部分の波形に,本シミュレーションでは考慮しなかった津波の寄与が含まれているためである. 火山の噴火が発生すると,火山の山体の沈降や崩壊などが起こることがある.これにより,火山の周辺では海底の地形が変化する.これらの海底の地形の変化は,通常の地震津波における海底地形の変化 (地殻変動) と同様に,津波の原因となりうる.今回の噴火において,火山周辺で海底の地形がどのように変化したかは,まだよくわかっていない.今後,現地調査などを通して,火山周辺において海底地形が変化したか明らかにすることが重要である.

 また,火山噴火においては、ラム波の他にもさまざまな大気の波が励起される.そのうち「大気重力波」と呼ばれる波は津波と同程度の伝播速度 (200~250 m/s程度) を持つ.この大気重力波による海面での気圧変化を原動力としても津波は生じる.この大気重力波により生じた津波が,観測記録の後続部分には含まれていると考えられる.水圧観測記録を後続部分まで含めて高い精度で再現するには,大気重力波の励起・伝播の過程を高い精度で見積もることが重要である.今回の火山噴火による津波の発生のメカニズムを包括的に理解するには,津波に関する知見だけでなく,噴火に伴う大気の波 (ラム波,大気重力波) の生成の物理メカニズムといった火山学的な知見も必要となるであろう.

本研究の意義

 これまで2004年スマトラ島沖地震や2011年東北地方太平洋沖地震などを契機に,地震による津波に関する研究が大きく発展してきた.世界中に展開された海底水圧観測網は,これらの津波の発生・伝播の研究や津波の警報に広く活用されてきた.一方で,それらの研究や警報は火山の噴火,あるいは大気の波によって生じる津波の研究や警報は対象とされていなかった.今回のフンガ・トンガ−フンガ・ハアパイ火山の噴火に伴う津波は,従来とは異なる新たな津波の基礎研究の重要性,および火山津波のリスク・ハザード評価の重要性を示すものであるといえる.

本研究のさらなる詳細は,防災科学技術研究所のプレスリリース (https://www.bosai.go.jp/info/press/2022/20220513.html) をご参照ください.

本研究は,JSPS科研費19K04021,19K14818,19H02409,21K21353の助成を受けました.

掲載情報

本成果は,2022年5月12日にアメリカ科学振興協会 (American Association for the Advancement of Science, AAAS) の発行する学術誌「Science」に掲載されました (https://www.science.org/doi/10.1126/science.abo4364).

論文:Kubota, T., Saito, T., & Nishida, K. (2022). Global fast-traveling tsunamis driven by atmospheric Lamb waves on the 2022 Tonga eruption. Science, 376. https://doi.org/10.1126/science.abo4364

図の説明

本研究の数値シミュレーションにより明らかとなった,トンガ火山噴火に伴う津波の発生と伝播の様子.噴火後,火山を中心に大気ラム波が300 m/s の速度で同心円状に広がるのに合わせて,海面の隆起の波 (赤色) が周囲へと伝播する.その後,少し遅れて,津波の速度 (約200〜220 m/s) で沈降の波 (青色) が周囲に伝播する.これらに加えて,海底地形の凹凸に起因して微小な波が生じている.