久保田達矢1・齊藤竜彦1・深尾良夫2・杉岡裕子3・伊藤亜妃2・利根川貴志2・塩原肇4・山下幹也5
[1] 防災科学技術研究所 [2] 海洋研究開発機構 [3] 神戸大学 [4] 東京大学地震研究所 [5] 産業技術総合研究所
doi:10.1029/2021GL095915
Date: 2021-11-6
背景
地震が発生し,津波 (海面の水位変化) や海底の上下の動き (永久変位) によって海底から海面までの「水の柱」の高さが変化すると,海底に加わる水圧は変化する.沖合の海底に設置された海底水圧計は,この圧力の変化を高い精度で観測することが可能であるため,これまで多くの地震の研究に活用されてきた.水圧計はこれ以外にも,海底の地震動に起因する圧力変動も観測することが分かっていたが,観測事例は少なく,あまり研究に活用されてこなかった.
2015年9月2日,伊豆・小笠原海溝においてマグニチュード (M) 6.0のプレート境界型地震が発生した.この地震の震源域直上には,多数の海底圧力計からなる観測アレイが展開されており (図,上段),地震波,津波,海底上下変位による圧力変動を同時に観測した (下段,黒線).震源域ごく近傍でこれほど多くの観測点で震源直上の「津波が発生する現場」における水圧変化を記録した事例は今回が世界初である.本研究では,地震波,津波,および永久変位が混在する津波発生場の理解に向けて,観測された水圧記録を解析した.
津波・地殻変動・地震波成分を含む海底水圧変動の合成
地震によって生じる海底の圧力変化のうち,津波および永久変位によって生じる圧力変化は,海底から海面までの水の「重さ」,すなわち重力に起因する (「静水圧変動成分」と呼ばれる).一方で,海底の地震動に起因する圧力変化は,重力とは無関係に生じる (「動圧変動成分」と呼ばれる).これを踏まえ,本研究では,流体力学の理論に基づいて津波と永久変位による圧力変化 (静水圧変動) を計算し,弾性体力学の理論に基づいて地震動による圧力変化 (動圧変動) を計算したのち,両者を足し合わせることで震源直上の海底水圧変動を合成する手法を考案した.さらに,この手法を応用して,震源直上の水圧計アレイの記録をもとに,断層面上のどこがずれ動いたか (すべりの分布) を詳細に推定した.
結果
解析の結果,すべりが大きかった場所は,気象庁の震源よりも50 kmほど南西に位置する (図,上段).この水平位置のずれは,気象庁の震源の位置は,遠く離れた陸上地震計の記録をもとに求めているため精度が低いことが理由であり,直上の水圧計の記録を用いた本結果のほうが精度よくすべりの位置を推定できていると言える.また,すべり分布から計算した合成水圧波形は,観測をよく説明した (図,下段の赤線).動圧変動と静水圧変動成分のそれぞれを観測と比べると,地震直後の大振幅部分 (地震動に起因) は動圧により説明され (緑線),その後の長周期なゆるやかな変動 (津波に起因) と水圧のオフセットの変化 (永久変位に起因) は静水圧により説明される (青線).
この地震の震源断層と同じ位置において,非地震性のゆっくりとしたプレート境界すべりの発生が先行研究により報告されている.この非地震性すべりは,プレート境界の特殊な摩擦を反映しているものと考えられ,この地震が生じた場所のプレート境界は,地震性の急激な「不安定すべり」を起こす摩擦特性と,地震をまったく起こさない「安定すべり」を起こす摩擦特性の中間の特性をもつと考えられる.地震のマグニチュードに比べて大きな津波を励起する地震のことを「津波地震」と呼ぶが,津波地震の発生領域の摩擦特性は,安定〜不安定すべりの中間から,やや不安定寄りの摩擦特性のもとで生じる.今回の地震が非地震性すべりの発生域と同じ場所で生じたことを考えると,今回の地震も津波地震であったことが示唆される.なお,これまで,津波地震として報告されてきた地震はM7を超えるような,沿岸に被害をもたらすような規模の地震に限られていた.
本研究の意義
日本周辺の海域には,近年,海底ケーブル式の広域な観測網が展開されつつある.しかし,これらの観測網は,広域をカバーするために観測点どうしの間隔が広い.そのため今回発生したようなM6程度の地震では,良い品質のデータが記録できる観測点の数が限られる.今回行ったアレイ観測で用いた観測機器はバッテリー式で動作するため観測期間が限られるという弱点があるが,一方で狭い範囲に高い観測点密度で展開することが可能である.広域に展開されたケーブル観測網の記録から大局的な特徴を把握し,さらにこのような機動的な観測が可能な機器を用いて狭い範囲における比較的規模の小さい地震の震源過程を詳しく明らかにするようにして,両者の記録を上手に併用することが,沖合の海底下で発生する地震の発生や津波発生場を理解するには非常に重要であると言える.
本研究は,JSPS科研費JP25247074,JP17K05646,JP19K14818,JP20K04142,および東京大学地震研究所共同利用 (2014-G-02および2015-G-07) の助成を受けました.観測にあたっては,JAMSTECの研究船「よこすか」および「みらい」を用いて実施されました.
掲載情報
本成果は,2021年11月6日に米国地球物理学連合 (American Geophysical Union, AGU) 発行の学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載されました (
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2021GL095915).
論文:Kubota, T., Saito, T., Fukao, Y., Sugioka, H., Ito, A., Tonegawa, T., Shiobara, H., & Yamashita, M. (2021). Earthquake rupture and tsunami generation of the 2015 Mw 5.9 Bonin event revealed by in-situ pressure gauge array observations and integrated seismic and tsunami wave simulation.
Geophysical Research Letters,
48, e2021GL095915.
https://doi.org/10.1029/2021GL095915.
図の説明
(上図) 解析により推定された本震の断層すべり分布.オレンジ色の三角は観測点の位置を表す.星は気象庁による震源の位置を示す.(下図) 観測点B07,B08,B09,B10における,観測波形 (黒) と合成波形の比較.合成波形のうち,静水圧変動成分,動圧変動成分,および両者を足し合わせた波形をそれぞれ青,緑,赤線で示した.