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S-netが捉えた『気象津波』:大気圧変動が引き起こす津波

【キーポイント】

久保田達矢1・齊藤竜彦1近貞直孝1三反畑修1

[1] 防災科学技術研究所

doi:10.1029/2021GL094255
Date: 2021-10-25

(上図) S-net海底圧力観測網の観測点と観測された水圧 (津波) 波形.縦軸は緯度に従って並べている.午前2時から4時にかけて北へ伝わる波が確認できる.(下図) 観測記録を説明する数値シミュレーションの結果における,低気圧 (左),海面波高 (中央),および海底水圧 (右) の分布のスナップショット.

背景

 近年,日本周辺では,日本海溝海底地震津波観測網S-netをはじめとする沖合の観測網が展開されつつあります.このS-netの海底水圧計が,2020年7月2日の午前2時から4時 (日本時間) にかけて宮城沖から岩手沖を北に向かって伝わる津波とよく似た変動(振幅わずか数cm)を記録しました (図,上段).しかし,この時間帯に津波を引き起こすような地震は発生しておらず,地震以外の現象が原因であると考えられます.本研究では,この「非地震性の津波」のシグナルを解析してその原因を明らかにし,さらに,東北の沖合でこのような変動シグナルが生じる物理メカニズムを考察しました.

非地震性津波の原因

 津波は,地震による海底の上下動のほかにも,海底地すべりや,低気圧のような大気の乱れによっても津波が生じることも知られていて,特に,後者は『気象津波』と呼ばれます.気象津波は,単に低気圧によって海面が吸い上げられることで海面高が上昇する『高潮』とは異なる現象で,低気圧の移動と海の波の伝播の相互作用によって海面波高が増幅・成長する現象で,ときには沿岸地域に被害をもたらします.気象津波は大気の乱れによって生じるものであることから,地震動を伴わないという点が通常の津波との大きな違いです.また,陸上の気象観測データによると,東北地方をこの時間帯に低気圧が通過していました.したがって,今回S-netが観測した変動は,低気圧の通過が原因で生じた気象津波であるとみられます.

 この変動シグナルが気象津波であるかを検証するため,本研究では,沿岸で観測された気圧変化にもとづいて気象津波の数値シミュレーションを実施しました (図,下段).その結果,東北の沖合を東北東方向に移動する低気圧により,観測波形の特徴が非常によく再現されました.このことから,今回S-netで観測された変動は気象津波であることが確認できました.

 さらに,シミュレーションの結果から,いくつか興味深いことがわかりました.1つは,S-netの海底水圧計が実際に観測している水圧変化と,海面における波高変化は必ずしも一致しないということです (図,下段中央および下段右).これは,海面は低気圧による吸い上げ効果によって上昇するのに対し,海底では低気圧による圧力減少ぶんと海面上昇による水圧増加ぶんが打ち消し合うことが理由です.さらに,低気圧の移動速度の条件を変えてシミュレーションを行なった結果,移動速度を極端に速くしたり遅くしたりすると,気象津波が生じない,という結果も得られました.このことは,東北沖の海域での気象津波の発生および成長には,気圧変動の移動速度が重要な要素である,ということを意味します.

本研究の意義

 これまで,沖合には津波観測網が少なかったこともあり,気象津波の研究では沿岸の検潮記録が広く用いられてきました.しかし,検潮記録は海岸地形などに起因する複雑な効果を含んでおり,その影響を考慮してデータを解析する必要がありました.一方で,陸から遠く離れた沖合に展開されたS-netの記録は沿岸地形の影響を受けないという利点があり,この記録を活用することで気象津波の発生メカニズムのさらなる理解につながると期待されます. 津波の観測を目的として設置されたS-netの海底水圧計は,常時,連続してデータの観測を行なっています.にもかかわらず,これまでは大きな地震に紐づいた時間帯の波形しか着目されてきませんでした.本研究は,「地震が起こっていない時間帯」の波形記録にも地球物理学的に重要なシグナルが含まれていることを示しており,S-netが気象・海洋学分野をはじめ地震以外の分野の研究にも貢献しうる観測網であると言えるでしょう.

本研究は,JSPS科研費JP19H02409,19K04021, JP19K14818の助成を受けました.

掲載情報

本成果は,2021年10月25日に米国地球物理学連合 (American Geophysical Union, AGU) 発行の学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載されました (https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2021GL094255).

論文:Kubota, T., Saito, T., Chikasada, N. Y. & Sandanbata, O. (2021). Meteotsunami observed by the deep-ocean seafloor pressure gauge network off northeastern Japan. Geophysical Research Letters, 48, e2021GL094255. https://doi.org/10.1029/2021GL094255

図の説明

(上図) S-net海底圧力観測網の観測点と観測された水圧 (津波) 波形.縦軸は緯度に従って並べている.午前2時から4時にかけて北へ伝わる波が確認できる.(下図) 観測記録を説明する数値シミュレーションの結果における,低気圧 (左),海面波高 (中央),および海底水圧 (右) の分布のスナップショット.