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ミリメートル津波を用いた三陸沖M6地震の震源断層モデルの推定

【キーポイント】

久保田達矢1・齊藤竜彦1・鈴木亘1

[1] 防災科学技術研究所

doi:10.1029/2019GL085842
Date: 2020-1-24

(左) 2016年三陸沖の地震の震源断層 (黄色四角形),津波波源の分布 (赤:隆起,青:沈降),および周辺での通常地震活動 (灰色)とスロー地震活動 (青丸:低周波微動,緑菱形:超低周波地震).(右) 震源近傍観測点での観測波形記録 (黒線)と震源断層モデルから計算された波形 (赤線).観測点S4N10の波形は地震動による変動の影響が大きいため,振幅を0.1倍してある.津波に対応する部分を矢印で示してある.

背景

 これまで,M7クラスの地震に伴う津波はしばしば沖合に展開された海底圧力計によって観測され,その記録は震源断層モデルの推定や地震発生の物理に関する研究に用いられてきた.しかし,従来まで展開されていた沖合津波観測網は数が少なく,かつ震源域から離れていたため,M6クラスの地震による津波を十分な品質で観測することは困難であった.

 2016年8月20日,岩手県三陸沖でMw6.0の地震が発生した.この地震の震源域の直上には,防災科学技術研究所の日本海溝海底地震津波観測網 (S-net) の海底圧力計が多数展開されていた.本研究では,この海底圧力計の記録を精査し,記録に含まれる微小な津波を抽出するとともに,三陸沖で発生したM6の地震の震源断層を推定し周辺との地震活動との関係を議論した.

結果

 震央からの距離に従って観測された記録を並べると,約0.1km/sの速度で伝播する波群が確認できる (図).この速度は津波が伝播する速度に対応することから,この振幅1cmに満たない微小な変動は津波によるものであると考えられる.

 続いて,海底圧力計記録に含まれる津波シグナルを解析し,この地震の震源断層の位置を推定した (図,黄色四角形).断層は陸上の地震波記録の解析により得られた震源の約10km西に位置する (図,黒丸).さらに,地震波解析による震源の位置に断層を置いて津波を理論計算すると,観測された津波波形を再現しなかった.これは震源域から遠く離れた陸上の地震波記録から推定された震源の水平位置の推定精度が低く,震源域のすぐそばで得られたS-netの津波記録が水平位置の高精度な推定に重要であることを意味する.

 また,推定された断層モデルから期待される断層面上での応力降下量は1.5 MPaとなった.この応力降下量は一般的なプレート境界型地震で期待される程度の値となり,近傍で1896年に発生した明治三陸地震のような「津波地震」において期待されるほど小さくない.また,推定された断層モデルを周辺で発生する「スロー地震」活動の領域とは重ならない.このような,地震発生様式の違いは,プレート境界面上における空間的な摩擦状態の違いを反映している可能性がある.

今後の展望

 これまで,このような微小な津波を,これほど多くの観測網で記録した報告事例はない.その理由の1つに,従来の沖合津波計は数が少なく,1cmに満たない津波を観測していたとしても,それが本当に津波シグナルなのかノイズなのかの判別は難しかったため,ということが挙げられる.単一観測点の波形を見ただけでは変動が津波シグナルなのかノイズなのか判別することは難しいが,これほど多数の観測点の記録があれば,津波シグナルの判別が可能になる.さらに,このような陸から遠く離れた沖合の地震では,陸上の地震計が十分な品質の地震波シグナルを観測できないため,今回のように詳細な震源断層モデルを推定することは難しい.本研究はS-netの「その場観測」の記録を用いることで,従来まで解析不可能だったM6程度の地震の震源断層の情報が詳細に得られるようになることを示しており,これは沖合での地震活動の高精度なモニタリングに大きく寄与すると期待される.

 なお,震源近傍のいくつかの観測点では,ステップ状の大振幅の圧力変動成分が含まれていた.過去に報告された海底圧力計の観測事例では,このようなステップ状の変動は報告されたことはなく,津波に由来しないものであると考えられる.S-netに併設の地震計記録を解析した先行研究では,地震時に海底の地震動によってセンサ筐体が回転していたことが報告されている.したがって,このステップ状の圧力変動もセンサの回転が原因である可能性が高い.また,S-netの海底圧力計の記録は,過去の観測記録と比較して全体的にノイズレベルが高かった.本研究では観測記録を目視で確認して津波シグナル部分を解析に用いるようにしたが,S-netの津波記録をリアルタイム津波予測等に利用する場合には,このような津波とは関係ないノイズ成分の影響の軽減のための手法・技術開発も今後必要になると考えられる.

本研究は防災科学技術研究所の研究プロジェクト「地震・津波予測技術の戦略的高度化研究」において進められました.また,JSPS科研費JP19K14818および日本科学協会の笹川科学研究助成 (2019-2037) の助成を受けました.

掲載情報

本成果は,2020年1月24日に米国地球物理学連合 (American Geophysical Union, AGU) 発行の学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載されました (https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2019GL085842).

論文:Kubota, T., Saito, T., & Suzuki, W. (2019). Millimeter‐scale tsunami detected by a wide and dense observation array in the deep ocean: Fault modeling of an Mw 6.0 interplate earthquake off Sanriku, NE Japan. Geophysical Research Letters, e2019GL085842. https://doi.org/10.1029/2019GL085842

図の説明

(左) 2016年三陸沖の地震の震源断層 (黄色四角形),津波波源の分布 (赤:隆起,青:沈降),および周辺での通常地震活動 (灰色)とスロー地震活動 (青丸:低周波微動,緑菱形:超低周波地震).(右) 震源近傍観測点での観測波形記録 (黒線)と震源断層モデルから計算された波形 (赤線).観測点S4N10の波形は地震動による変動の影響が大きいため,振幅を0.1倍してある.津波に対応する部分を矢印で示してある.