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海底圧力計の超広帯域な地震・津波観測

【キーポイント】

久保田達矢1・齊藤竜彦1・近貞直孝1・鈴木亘1

[1] 防災科学技術研究所

doi:10.1029/2020EA001197
Date: 2020-09-16

(上) 2010年チリ地震と日本の位置関係,および本研究の解析対象である北海道周辺での海陸の観測点の位置.(中) 2010年チリ地震後3時間の海底圧力計KPG1とKPG2の記録のランニングスペクトル.黄色線で描かれた波形は実際の観測波形.P波 (黒),地震波の表面波の一種であるレイリー波 (赤),および地球の反対側を回ってきたレイリー波 (ピンク) が確認できる.(下) 2010年チリ地震後5日間の海底圧力計KPG1とKPG2の記録のランニングスペクトル.津波 (青) が確認できる.

背景

 近年,東日本の沖合に展開されたS-netや南海トラフ域に展開されたDONETなど,稠密かつ広域な沖合津波観測網が広く展開されるようになりつつある.これらの津波観測網は海底圧力計を用いており,津波に伴う海面での波高変化を海底での水圧変化として記録する.これまで,このような沖合の海底圧力計の記録を用いて,津波の詳細な発生・伝播のプロセスに関する研究が幅広くなされてきた.

 さらに,近年展開されるようになった新しい海底圧力計ネットワークには非常に細かい時間間隔でデータをサンプリングしている (1秒間隔) という特徴があり,水中を伝わる音波や地震波に伴う水圧変化も計測可能である.しかし,海底圧力計に含まれる津波記録を詳細に調査した研究に比べると,地震動や水中音波のような周期の短い (周期100秒以下) 現象がどのように記録されているかを詳細に調べた研究はさほど多くない.本研究では,2010年に発生したチリ地震 (マグニチュード8.8,図上段) に着目し,巨大地震時の海底圧力計や周辺の地震計などの記録を精査・比較した.そして,海底圧力記録に含まれるシグナルの特徴を整理し,それらの要因を調査し,その結果を踏まえて海底圧力計が今後の沖合の地震・津波観測においてどのような役割を果たしうるかを検討した.

2010年チリ地震時に海底圧力計が記録していたもの

 本研究では,2010年チリ地震時の北海道沖の海底圧力計や海陸の地震計の記録を解析し,どのような周波数成分のシグナルがどのタイミングで到来しているかを調査した (図,中・下段).その結果,海底圧力計は地震発生から20分後に周期20秒より短い成分を持つ地震波 (P波) を記録し (図中,黒矢印),地震の約1時間後に周期10〜200秒に卓越する分散性 (周期によって波の伝わる速度が変わるという性質) を明瞭に示すシグナルを記録していた (図,赤矢印).さらに,1時間40分後にも振幅は小さいながら周期100秒ほどの帯域に卓越するシグナルが確認できた (図,ピンク矢印).周辺の地震計の記録と比較・検討した結果,これら分散性を示すシグナルは地震波の一種である表面波 (レイリー波) であり,後続のシグナルは先に到達するレイリー波と反対方向に震源から放射され,地球の反対側を回って海底圧力計に到達したものであった.さらに,地震発生から24時間経過したあとにも,明瞭な分散性を示す長周期な (周期50秒より長い) 津波シグナルが記録されていた (図,青矢印).

海底地震動記録との比較−地震動と圧力変動の量的関係

 さらに,本研究では,海底圧力計と近傍の海底地震計の記録を比較し,両者のシグナルの量的関係を調べた.海底圧力記録と海底上下動の加速度記録を比較したところ,海底圧力と海底上下動加速度の波形が地震発生から3時間にわたってよく一致した.両者が一致することは従来の研究でも指摘されていたが,地震発生から3時間と長時間にわたって一致することが確認された.さらに,海底圧力と海底の上下動速度を比較したところ,初動のP波の部分では両者は非常によく一致した.一方で,後続のS波や表面波の部分では一致しなかった.これは,水中での複雑な水中音波の伝播過程が原因であると考えられる.圧力と速度の間の量的な関係があるということはこれまでの研究でも経験的に指摘されてきたが,後続部分で一致しないことを明示的に示された.これらの量的関係は他の巨大地震でも同様に成り立っていることも確認した.

今後の展望

 本研究で解析の対象とした地震波・津波に加えて,海底圧力計はスロースリップや余効変動と呼ばれる現象に伴う海底のゆっくりとした上下の動き (海底地殻変動) も計測可能である.一般に,地震計は長周期な津波や地殻変動を精度良く計測することは難しい.また沿岸の潮位観測では津波や潮位の観測を目的としているためサンプリング間隔が粗く (1分,など),短周期な地震波や津波の分散現象を観測することは難しい.それらに対し,海底圧力計は,地震波のような「秒・分スケール」の現象から,「時間スケール」の津波,「月・年スケール」の海底地殻変動まで幅広い時間スケールの地球物理学的な現象を観測可能である.

 現在展開されつつある海底圧力計は津波観測を目的として展開されているものが大半だが,海底圧力計が記録する幅広い周期帯のシグナルを解析することにより,長周期な巨大津波を引き起こす性質だけでなく短周期な地震を引き起こす地震の性質まで,幅広い周期帯域の地震の性質の理解が可能になると期待される.本研究は,次世代の沖合の地震・津波の観測において,海底圧力計が従来まで展開されてきた海底地震計と同程度に重要な役割を果たすようになることを示しているものである.

本研究は防災科学技術研究所の研究プロジェクト「地震・津波予測技術の戦略的高度化研究」において進められました.また,JSPS科研費JP19K14818および日本科学協会の笹川科学研究助成 (2019-2037) の助成を受けました.

解析にあたっては,JAMSTECの海底圧力計・海底地震計の記録,気象庁の検潮記録,アメリカ大気海洋庁NOAAのDART津波データを使用いたしました.記して感謝いたします.

掲載情報

本成果は,2020年9月16日に米国地球物理学連合 (American Geophysical Union, AGU) 発行のオープンアクセス学術誌「Earth and Space Science」に掲載されました (https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2020EA001197).

論文:Kubota, T., Saito, T., Chikasada, N. Y., & Suzuki, W. (2020). Ultra-broadband seismic and tsunami wave observation of high-sampling ocean-bottom pressure gauge covering periods from seconds to hours. Earth and Space Science, 7, e2020EA011972. https://doi.org/10.1029/2020EA001197

図の説明

(上) 2010年チリ地震と日本の位置関係,および本研究の解析対象である北海道周辺での海陸の観測点の位置.(中) 2010年チリ地震後3時間の海底圧力計KPG1とKPG2の記録のランニングスペクトル.黄色線で描かれた波形は実際の観測波形.P波 (黒),地震波の表面波の一種であるレイリー波 (赤),および地球の反対側を回ってきたレイリー波 (ピンク) が確認できる.(下) 2010年チリ地震後5日間の海底圧力計KPG1とKPG2の記録のランニングスペクトル.津波 (青) が確認できる.