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海底圧力計津波記録の時間微分波形を用いた津波解析手法の開発

【キーポイント】

久保田達矢1・鈴木亘1・中村武史1・近貞直孝1・青井真1・高橋成実1,2・日野亮太3

[1] 防災科学技術研究所, [2] 海洋研究開発機構, [3] 東北大学

doi:10.1093/gji/ggy345
Date: 2018-8-20

(a) 本研究で解析対象とした2011年3月9日の地震 (Mw 7.3) の,擬似オフセット変化を与えた場合に推定された波源 (青),時間微分記録を使って推定された波源分布 (赤).沖合津波計の位置を緑三角で,沿岸のGPSブイの位置を赤四角で示している.遠地地震波形から得られたGlobal CMT解を灰色で示している.(b) 水圧計の波形の比較 (一例).灰色線は擬似DC変化を加えたあとの観測波形,青線はオフセット変化を含む擬似データから推定した波源分布から計算した波形,赤線は時間微分波形から推定した波源分布から計算した波形.(c) GPSブイの実際の観測波形 (灰色) と予測波形 (青,赤) の比較.

背景

 近年,沖合に設置された津波計の記録から津波の波源分布を推定し,それに基づいて沿岸津波をリアルタイムに予測する手法が多く提案されている.他にも様々なリアルタイム津波予測手法がある中で,この手法は実際の観測記録に基づいて沿岸の津波を予測するため高い精度で津波を予測できる有力な手法である.しかし,これら沖合津波計に用いられる海底圧力センサは,センサ自体と重力加速度の向きの関係で圧力値が変化することが報告されており,また過去の観測事例では海底の地震動によってセンサが回転し圧力のオフセット値が見かけ変化した事例が報告されている.沖合津波計の記録に,回転に起因する見かけのオフセット変化 (実際のシグナルではないもの) が含まれていた場合,津波波源の推定精度ならびに沿岸津波予測の精度が低下するおそれがある.本研究では、「地震発生直後に圧力オフセット値が変化した」という状況を想定し、そのような「非津波性のノイズ」を含む状況下では,従来の手法では津波波源の推定精度がどの程度低下するのかを検討し,また,その影響を軽減する推定する手法を考案し,その性能評価を行った.

見かけオフセット変化を含む記録を用いた津波波源推定

 検討には2011年3月9日の宮城沖の地震 (Mw 7.3) の東北大学の海底圧力観測記録を用いた.過去のオフセット変化の報告事例に基づいて,地震動により圧力オフセット変化が生じたという状況を想定し,実際の海底圧力記録に擬似的なオフセットの変化を与えて解析を行った.擬似観測記録に基づいて推定された津波の波源の分布は,実際の地震から期待される分布に比べて歪んだ分布となった (図a,青コンター線).また,沿岸のGPSブイでは観測点によっては実観測より5 cmほど津波が過大に予測され,また津波が未到達のタイミングに押し波が予測された (図1c青線矢印).

海底圧力時間微分記録を用いた津波波源推定

 上記の圧力オフセット変化による津波波源推定および沿岸津波の予測精度の低下を回避するため,本研究では,海底圧力記録を時間微分する,という手法を考案した.ステップ的な圧力オフセット変化 (ステップ後も永続して残るもの) は,時間微分することでスパイク上のノイズになる (スパイクが発生する瞬間のみ現れる) ため,元の波形よりもノイズの影響が小さくなる,という原理である.この手法によって推定された津波波源分布は低角逆断層型地震のCMT解と調和的な分布となった (図a,赤コンター線).また,擬似的なオフセット変化を与える前の,本来の水圧計の波形をよく再現した (図b,赤線).さらに,沿岸のGPSブイの予測波形もよく観測と一致し (図1c,赤線),地震直後の急激なオフセット変化による予測への影響は回避できた.

今後の展望

 近年,日本近海ではDONETやS-netなどの沖合の海底津波観測網が広く展開されつつある.これらの観測網が整備されてからは大きな被害をもたらすような津波は発生していないが,そのような津波が起こった場合に備えて実際の即時予測システムの開発・運用が必要である.そのような即時予測システムにおいては,安定して精度の高い津波予測を行うことが重要であり,本研究で開発した手法はそれに貢献すると期待される.また,沿岸津波のリアルタイム予測の手法は,本手法の他にも多く提案されている.実際の運用のうえでは,予測したい対象の地域などの条件に応じて,最適な手法は異なる.そのため,状況に応じて複数の予測手法を使い分ける,ということも重要となる.

本研究は,文部科学省の「東海・東南海・南海地震の連動性評価研究プロジェクト」およびJSPS科研費JP20244070, JP26000002, and JP15K17752の助成を受けて進められたものです.防災科学技術研究所の研究プロジェクト「地震・津波予測技術の戦略的高度化研究」において進められました

掲載情報

本成果は,2018年8月20日に「Geophysical Journal International」誌に掲載されました (https://academic.oup.com/gji/article/215/2/1200/5076378).

論文:Kubota, T., Suzuki, W., Nakamura, T., Chikasada, N. Y., Aoi, S., Takahashi, N. & Hino, R. (2018). Tsunami source inversion using time-derivative waveform of offshore pressure records to reduce effects of non-tsunami components. Geophysical Journal International, 215, 1200–1214. https://https://doi.org/10.1093/gji/ggy345

図の説明

(a) 本研究で解析対象とした2011年3月9日の地震 (Mw 7.3) の,擬似オフセット変化を与えた場合に推定された波源 (青),時間微分記録を使って推定された波源分布 (赤).沖合津波計の位置を緑三角で,沿岸のGPSブイの位置を赤四角で示している.遠地地震波形から得られたGlobal CMT解を灰色で示している.(b) 水圧計の波形の比較 (一例).灰色線は擬似DC変化を加えたあとの観測波形,青線はオフセット変化を含む擬似データから推定した波源分布から計算した波形,赤線は時間微分波形から推定した波源分布から計算した波形.(c) GPSブイの実際の観測波形 (灰色) と予測波形 (青,赤) の比較.