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2011年東北沖地震の発生に至る過程と2つの前震の関係

【キーポイント】

久保田達矢1・日野亮太1・稲津大祐2・伊藤喜宏3・飯沼卓史4・太田雄策1・鈴木秀市1・鈴木健介4

[1] 東北大学大学院理学研究科, [2] 東京大学海洋アライアンス, [3] 京都大学防災研究所, [4] 海洋研究開発機構

doi:10.1016/j.epsl.2016.10.047
Date: 2016-11-14

(a) 本研究で推定した3月9日前震 (赤矩形) および10日前震 (青) の主すべり域と, 9日の前震の余効すべり分布 (青コンター線, Ohta et al. 2012).白丸は9日の前震から10日の前震#2まで,黒丸は10日の前震から本震までの間に発生した余震の震央を示す.これらの余震の位置はAtnafu (2016, 東北大学修士論文) により海底地震計を用いて再決定された.(b) 9日の前震と1981年のM7.0の地震の主すべり域と津波波源域の比較.赤矩形は本研究で推定した前震の主すべり域,オレンジ色の領域は1981年の地震のすべり域 (Yamanaka and Kikuchi 2004) を示す.黒いコンター線は前震による津波波源分布を,緑色の領域はHatori (1981) により推定された1981年の地震の押し波波源域を表す.赤・灰色の星は前震および本震の震央 (Suzuki et al. 2012) を,黄色の星は気象庁により決定された1981年の地震の震央を表す.青い四角は1981年の地震において余効変動が観測された江刺傾斜観測点を表す.

背景

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震 (Mw9.0,以下,本震) が発生し,沿岸に大きな津波被害をもたらした.この地震に先行して,3月9日に最大前震 (Mw 7.2),10日には2番目に最大の前震 (9日の前震の最大余震, Mw 6.6) が発生した.これまでの研究では,この最大前震から本震の発生に至る過程が活発に議論されてきており,前震によって非地震性のプレート境界すべりが誘発されて本震の震源に向かって広がっていき,本震をトリガーしたと考えられている.しかし,その起点となる前震の震源断層モデルを推定した研究は少なく,かつ10日の前震に至ってはいまだ震源断層モデルは推定されていないため,これらの2つの前震が本震発生に至る過程においてどのような役割を果たしたのかは深く議論されていなかった.

 この地震の発生時,東北大学の研究グループにより震源の直上に海底圧力計アレイが展開されており,津波が明瞭に観測された.本研究では,この津波記録をもとに2つの前震の震源断層モデルを推定し,本震の発生に至るまでの,プレート境界における時間・空間的発展について考察を試みた.

結果

 津波波形解析により,2つの前震の震源断層モデルを推定した (図a,赤・青矩形).それぞれの地震の応力降下量を計算すると1.0MPaおよび0.3MPaが得られ,10日の前震の方が応力降下量が顕著に小さい.先行研究の岩石実験の結果を踏まえると,これは9日の前震によって引き起こされた余効すべりによって10日の前震破壊域周辺の応力蓄積レートが増加し,断層の強度が低下したことが原因であると解釈される.また,2つの前震のすべり域と前震から本震発生までの間の余震活動と比較したところ,10日の前震よりも前に起こった余震 (図a,白丸) は主に断層の東側に位置しているのに比べ,10日の前震以降に発生した余震 (図a,黒丸) はそのすべり域の南側の領域,本震の震央により近いところで多く発生しており,10日の前震によってこの領域での余震活動が活発になったことを示唆する.また,これらの一連の過程は,9日の前震に伴う余効すべりが小さな余震を頻発させ,さらには10日のMw6.6の地震が引き起こされ,それによって余効すべりがさらに南へと伝播 (加速) し,東北地方太平洋沖地震の発生に至ったという連鎖・段階的な破壊過程が起こっていたことを示唆する.

 また,9日の前震のすべり域と津波の波源域について,1981年に宮城県沖で発生したM7.0の地震の津波波源域と比較した (図b) ところ,両者の破壊域と津波波源域はよく対応しており,2011年3月9日の前震は1981年の地震で破壊した領域が再び破壊したことを示している.しかし,詳細な検討の結果,2011年前震の方が破壊した領域が広く,地震の規模も大きいことが分かった.両者の地震の破壊過程の違い,そして1981年の地震の際にはM9クラスの地震が伴わなかったのには,その周囲の広域なプレート間のカップリング状態の違いや長期的な固着の剥がれとも関連している可能性がある.

今後の展望

 本研究では,震源域の直上に設置された海底圧力計データに基づいて,本震直前に発生した2つの前震の地震震源モデルを高精度で推定し,本震の発生に至る過程を詳細に議論して10日の前震が本震発生において重要な役割を果たした可能性を指摘した.また,9日の前震は1981年に発生した地震の破壊域が再び破壊した可能性があるが,その破壊様式は必ずしも同一ではない可能性も示した.このような繰り返し発生する地震の破壊過程の違いを明らかにしようとする場合,沈み込み帯でのM7級程度の地震は30年程度の再来間隔で繰り返すと考えられるため,100年,1000年スケールの繰り返し間隔を持つ超巨大地震よりも再破壊様式を調べることが容易である.このような沖合の沈み込み帯で繰り返し発生するM7級の地震の破壊過程を詳細に調べることは,やがて起こりうる超巨大地震の地震の規則・不規則性の理解に大きく寄与すると期待される.

本研究は,文部科学省の「東海・東南海・南海地震の連動性評価研究プロジェクト」およびJSPS科研費JP20244070, JP26000002, and JP15K17752の助成を受けて進められたものです.

掲載情報

本成果は,2016年11月14日に学術誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載されました (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012821X16306124).

論文:Kubota, T., Hino, R., Inazu, D., Ito, Y., Iinuma, T., Ohta, Y., Suzuki, S., & Suzuki, K. (2017). Coseismic slip model of offshore moderate interplate earthquakes on March 9, 2011 in Tohoku using tsunami waveforms. Earth and Planetary Science Letters, 458, 241–251. https://doi.org/10.1016/j.epsl.2016.10.047

図の説明

図 (a) 本研究で推定した3月9日前震 (赤矩形) および10日前震 (青) の主すべり域と, 9日の前震の余効すべり分布 (青コンター線, Ohta et al. 2012).白丸は9日の前震から10日の前震#2まで,黒丸は10日の前震から本震までの間に発生した余震の震央を示す.これらの余震の位置はAtnafu (2016, 東北大学修士論文) により海底地震計を用いて再決定された.(b) 9日の前震と1981年のM7.0の地震の主すべり域と津波波源域の比較.赤矩形は本研究で推定した前震の主すべり域,オレンジ色の領域は1981年の地震のすべり域 (Yamanaka and Kikuchi 2004) を示す.黒いコンター線は前震による津波波源分布を,緑色の領域はHatori (1981) により推定された1981年の地震の押し波波源域を表す.赤・灰色の星は前震および本震の震央 (Suzuki et al. 2012) を,黄色の星は気象庁により決定された1981年の地震の震央を表す.青い四角は1981年の地震において余効変動が観測された江刺傾斜観測点を表す.